Contents
女の情念渦を巻く
南条はダッシュボードの時計に目を落とした。「まだ早いな、このまま橋を渡ると鳴門だ。大学に着いてしまうな。」
西淡三原インターまで五キロ、「次で降りて少し淡路島を見ていこうか」、インターが見えてきたのでハンドルを左に切って高速を出ていく。
一般道に出て暫く行くと港が見えてきた。小さな漁港のようだ。渦潮観光の看板が目に入る。鳴門海峡渦潮観光60分うずしおクルーズ、「ちょうどいいな。一周して橋を渡れば7時位に着くだろう、今日は何もすることもないし」
南条は二千円を出してチケットを買った。すぐに船は出航した、大した船だった名前は咸臨丸帆船の形をしていた。三十分位走ると鳴門大橋をくぐり抜けた。海面が白く泡立ち海峡の真ん中辺りが川のように流れ出している、何かが起こりそうな気配を漂わせている。船が少し揺れだしてきた、右側のすぐそこの海面がえくぼのようにへこんでいる潮が巻き出して渦になっていく。瀬戸内海の満潮と大阪湾の干潮が重なり落差が出来て潮流が落ちていく。船は少し回されていく、渦は出来ては巻いて又消えていく。
船は潮に乗って素早く脱出して福良の港に帰っていく。男は南条健、奈良県にある国立女子大の講師をしている。四十を少し過ぎたところ、女とは商売柄少し間を開けている。昔はそうでなかったらしいが今はかなり難しい。今日は鳴門にある教育大で開かれる学会に出るために前日に先乗りしようとしていた。船は接岸しようとしている。自販機でコーヒーを買って車に乗り込む。近くのインターから高速に再び入る、少し走ると橋がみえてきた。先ほど潜った鳴門大橋だ、もう夕方の雰囲気を纏い出している。先を急ごう。
鳴門北インターで降りる。降りて突き当たりを右に進む左に行くと大塚国際美術館に出るらしい。薄暗くなりかけの道を急ぐ、すぐに大学の門がみえてきた。守衛に用向きを伝えて駐車場に車を止める。歩いて研修棟の方へ行く。係りの人に部屋に案内してもらう。研修センターの素っ気ない部屋を出ると、受付へ行き食事できる所は近くに有るか聞きに行く。「門を出ると前が住宅街だから一軒だけ学生相手の食事処が有ります。」
正門を抜けると確かに住宅街が有った。小綺麗な住宅が立っているのだが、当初の目論見が外れて半分位が空き地のままで草が生えっぱなしになっていた。店は直ぐに見つかった、一軒家のしっかりした店構えだった。
暖簾をくぐって店に入る、店は空いていて向こうのテーブルに女性が一人向こう向きに座っていた。奥さんらしい人が注文を聞きにきた、別に何でも良かったので魚定食を注文した。なかなか美味しかったのでもう一品頼んで、ついでに日本酒を冷やで頼んだ。気が付くと女は居なくなっていた。門限が有ってはいけないのでこれくらいにしておこうと勘定を頼み店を出た。
いい機嫌で歩いていると、街灯の下に女が一人踞っていた。さっき店にいた女性だ通り過ぎようとしたけれど、少し気になったので「大丈夫ですか、気分でも悪いのですか」と声をかけるとお腹を押さえながら「大丈夫です、少し痛いだけですから」と言ったので行きかけて少し歩いて振り返るとまだ踞っていたので、気になり戻って「近くですか、家の人呼んで来ましょうか」と尋ねると少し先のアパートです私一人しかいませんとの返事、仕方がないので肩を貸して送ることにした。言われるまま歩いていくとポツンと一棟のアパートが有った。
二階の角部屋だと言い、階段を登れないと言うから背負ってつれていった。鍵はと聞くとさっきの街灯の処にバッグを忘れてきたと言うので、慌てて取りに戻る。帰ってくると彼女は居なくて部屋の明かりが付いている。扉をノックすると女が出てきて、鍵を掛け忘れていた、少し良くなったので先に入っていたらしい。お礼にお茶でも飲んでいってくださいと言うので、失礼かなと思ったけど、好奇心が先立ち上がることにした。
部屋は小綺麗と言うより、素っ気ない気がした。家具も少なくベッドが置いてあり後は小さなテーブルと、学生なのか勉強机が有った。お茶を飲んでいるとお酒は嫌いですかと聞いてくるので、そんなことはないと答えると、何処かからワインを出してきた。何本目か空けた頃、二人は裸でベッドの上で絡み合っていた覚えているのはそこまでで、朝起きると女はいなかった。時計を見ると朝の7時前だった。慌てて研修センターに戻ると、もう係員がいて「朝帰りですか」と嫌みを言われた。
その日の学会は、何事もなく平穏にいつものように淡々と終わった。と言うのは嘘で昨日の夜の女の事ばかり考えていた。激しく絡んでくる女にまるで渦潮に引き込まれるように幾度も逝った。帰りにもう一度居酒屋に寄って見ようかなと考えながら司会者の方をぼーと見ていた。閉会の挨拶をそこそこに聞きながら、正門を出る。
居酒屋の前に来ると奥さんがいたので、この辺にアパートは在りますかと聞くと、去年までは有ったけど潰れて更地になってるとの事。仕方なく挨拶をして駐車場の方へ歩いていく。それらしき方向を見ても空き地が広がるだけでした。
車に乗り、鳴門北インターから高速に入る、直ぐに鳴門大橋に差し懸かる。ラジオのスイッチを入れるとオートチューニングが電波を捉える。ニュースをやっていた。「鳴門署の発表に依りますと、今日未明鳴門大橋の近くの海岸で、女性の遺体が発見されました。一昨日に観潮船から行方不明になった女性に衣服が似ているとのことです。詳しく身元を引き続き調べるそうです」男はラジオのスイッチを切りながら目の下の渦潮に目をやる
このショートショートはフィクションです
うず潮の女
作詞つばめのす
ここは鳴門の渦潮の町
朝な夕なに潮が鳴く
私の心もぐるぐる回る
こんな女に惚れたなら
目眩覚悟で付いてきて
今日は大潮気を付けろ
そんな小舟で どうするの
こんなに燃える女の体
渡りきりたきゃ
家も屋敷も売ってこい
そんな男に見せて上げる
地獄の渦の赤黒さ
二人重なりめくるめく
鳴門を開いて流れ出す
女の情念 渦を巻く
この作品の著作権は作詞者に帰属します