公妾

作詞

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強かな公妾たち

中世のヨーロッパは、キリスト教的な事もあり側室を持つことを許されなかった。その代わりに公式に認められた妾を持った。王室から生活費も支給され、社交界にも出ることは許された。と言うより国威を上げるためにさえ利用された。但しその子達に相続権は与えられなかった。男なら家来の列に、女なら良家に嫁がせた。王が代わると当然没落していくことになる。

でも現役時代は、王をも操れる位の力をも持つものもいた。男遍歴の上手い女もいた、そして不思議なことに元の亭主とも婚姻関係を保ったまま生涯を終える女までいた。

そんな公妾は十九世紀に多く見られるが、現代の世界でも散見される。ヨーロッパの某国の皇太子妃は有名な公妾の曾孫に当たる。今でもヨーロッパの社交界では非常識でも何でも無いみたいです。妖しい血は男達に取ってとても魅力的に感じるんでしょう。

今の日本でも時々そういう類いの女達の話題がメディアに出てきますが、それらと良く似通っている。みんな強かな性格が伺われる。世界的に有名なブランドの創始者もそういった類いで、戦時中は敵国の将校の愛人となり庇護を受け、敗戦後は国を追われることになった。

それでも女達は逞しく生きていく、歴史の中に、現代の混沌とした時代にも生きて行く。
あの有名なマリーアントワネットとやり合った女もいた。まるでベルサイユの薔薇の女の戦いである。

私は、そんな女達の生き方を否定するものでない。むしろ尊敬に値する。羨ましい気さえする。私達男にはとても真似が出来ないし、精神的に健康を維持出来ないと思う。付き合う基準が、好きとか好ましいとかじゃなく、力が有るか、お金が有るかに比重を置くわけで、好きでもない男と寝なくてはならないなんて、とても我慢できない。こんな生半可な考えでは公妾は当然勤まりません。

いやはやたまげたものです。色男力と金は無かりけりと言われるように、世界の金持ち達を見てもそんなに二枚目は居ないです。どちらかと言うと猿みたいなのが多いです。

ジョージクルーニやハリソンフォードみたいな超二枚目の俳優達が居ますが、彼女達が狙うのはそんな中途半端な金持ちではなく、離婚の慰謝料が一兆五千億円と言った大物です。最低でも何千億と言ったラインを狙います。たまげたものです。

日本で言ったら戦国の女はそのぐらいの肝っ玉を持ってそうですね。何人も男を変え生きていったお市、茶々親子のように時の権力に怯えることなく、それらを巧みに利用しながら生きていく。

公妾ってなんだろう。世界的歴史的に残る公妾になるのは、恐らく宝くじに当たるよりも大変な確率であろう。歴史上なら名前も出自も明らかに出来るが、現代の公妾は、この弱小の我ブログでさえ名前を出すのは憚れる負の一面を持つ不思議な地位。その辺のサラリーマンが何百人掛かっても叶わない財産を手にいれるスーパーウーマン、現代の楊貴妃、クレオパトラ、西施、夏姫、時代も場所もバラバラですが国を傾ける位の美女達、現代にもそろそろそんな公妾が出てきてほしいものです。

今は中国で一人の美しい女優が行方不明になって当局に監禁されているんではないかとの噂も聞きます。世界的にトランプやプーチンが女に目がくらみ取り合いするぐらいの女が現れてほしいものです。歴史的な美女はもう千年も前、紀元前何世紀の者ばかりです。歴史のリズム的にももう現れてもいい頃だと思います。

男たるもの稼いで国に税金を納めるのもいいですが、一度迂回して女に貢いで破滅する位に使ってください。いずれ女が代わって税金を何らかの形ではらってくれますから、愛情の使い方を知らない人は多分お金の使い方も知らないと思います。何も直接国に税金を払うのが正解だとは思いません。自分勝手に世の中にばら蒔いてこそ強い国が出来るのだと思います。

 

公妾の公が本当の公に認められるように頑張って下さい。慰謝料なんて古いイメージではなくちゃんと報酬として受け取って税金も払って日照権も主張出来る陽当たりのいい場所に出てきてください。

 

公妾

作詞 つばめのす

私は 男を渡り歩く娼婦
それも 力もお金もある男を選ぶ
そうすることによって 美しさも
凄みも増してくる

あの女から連絡があった
と言うことは 私を愛人と認めたのかな
私は 決して結婚は出来ない
陰の女として 力を振り撒くの

男は 注意深く選ばなければ
表面上は 大人しく 慎ましく
振る舞う
夜は 大胆に 激しく

私は 公妾 世間が認めたハイブランド
世界で最強 怖いもの何て何も無い
表向きは 存在しない
あり得ない女 男はみんな振り返る

私は 天性の娼婦
誰にでも出来るものではない
不思議なカオス 淫らな血液
それをかき混ぜる 細い指先
男は虜になる 気づいた時はもう遅い

 

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