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長崎は今日も
昔人の往来が多い所は、宿場が出来、茶屋が出来それなりのホステスさんが必要になり街は発展していった。大抵街道の分かれ道などに茶屋が立ち大きくなっていく。蛍茶屋もそんな一つでした。
そんな町の遊女と男のお話。街道の側には小さな綺麗な川が流れていて、小さな橋が掛かっていた。夏になると蛍が舞うから、蛍茶屋と名付けられた。
その夜はむし暑く大勢の人が、暑気払いを兼ねて蛍見物に繰り出していた。そんな中に与助と言う男がいた。出島近くの商家の跡取りだ。いい男だけど、ちょっと悪の相が入っていた。
与助は遊女の唐橋(からはし)と会う約束だった。でも父親の言い付けで、縁談の出ている取引先の娘と蛍見物に行くことになった。
唐橋はいくら待っても与助が来ないので、二階の腰窓に腰掛けて川の方を見ていた。すると与助が一人の女とお付きの女中を連れて歩いてきた。思わず障子の陰に隠れる唐橋、なぜ隠れるのと自分でも思ったが体が固くなるだけだった。その夜はいくら待っても男は来なかった。
次の日は朝から雨だった。その日は女絵師が唐橋の姿を書かせて呉れとの約束の日だった。女絵師はこんなに美しい遊女は滅多に居ないと思った。絵師は朝の内と言っていたので昼過ぎには帰っていった。
与助は昨日約束をすっ飛ばしたので、今日はどうしようかなと悩んでいると、番頭が来て「もうお茶屋には行かないで下さい。私が旦那様に叱られます」と言ってきたのでそのまま寝っ転がってほっといた。
そのまま一年が経ち今日は与助の祝言の日、朝から生憎の雨が降る。お茶屋では、不祝言が始まろうとしていた。と言っても内輪のひっそりとした葬儀だった。女絵師も弔いに来ていた、同僚の遊女の明里が女絵師に言った、「与助さんに言われていたそうです。来年唐橋の年季が明けたら結婚しようと、それを信じて我慢してきたのに先月床に臥せたと思ったらあっという間でした」
朝からの雨が止み、何処からか一匹の蛍が飛んできた。お茶屋の前の植え込みに暫く留まっていたが、暫くするとスッと消えていった。明里はふと思った今のは唐橋ちゃんじゃない。蛍にでもなって男に会いに来たんだね。
遊女と男の口約束なんて有って無いようなもの、枕話に真実なんか有るのだろうか。色茶屋の女なんて、そんな与太話によすがを持たないとやっていけなかったのだろう。年季が明ける頃にゃ体はぼろぼろ、心も病んでいただろう。
中島川の支流の一つの茶屋跡に立ってそんな話も有ったのかなと旅人は思った。向こうから真っ直ぐに走ってくる蛍電車、遠くから車体をゆっくりゆっくり左右に振りながら走ってくる。まるで向かい風の中を身を捩りながら飛ぶ蛍のように、今日の夕方も雨だった。(このショートショートはフィクションです)
雨の蛍茶屋
蒸した日の夕暮れは
二匹の蛍が絡み合い
茶屋の座敷を照らします
好いて好かれて付いてきた
二人の思いが焦がれて燃えて
灯りを点し布団が赤い
水差しの横の半紙に手を伸ばし
額の汗を拭って上げる
水を飲みますか 無言で私を
引き寄せるあなた
雨の降る日は 河原で無くて
人の姿に身を化えて
朝の花が咲き開くまで
あなたの腕で寝ていたい
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