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愛とファッション
愛の痛みは突然やって来ます。左の胸辺りから、手で押さえても消えません。体全体に広がっていきます。体の動きが緩慢になり、息をするのも苦しくなります。初期の頃は涙はまだ出ません。
二三日すると涙が溢れて来ます。何故、何故私なのの疑問と共に。誰も答えてくれません。見て見ぬ振りです。腫れ物を触るようにみているだけです。滑稽なピエロは私だけ、足元もしっかりしません。
そんな日々が一月ほど続くと、時々忘れる瞬間が有ります。でもまた次の瞬間思い出して倍加の痛みを喰らうことになる。
愛と痛みはセットと言うより、痛みを愛と言うオブラートでくるんだ呑みものと言った方が適当だと言える。良く金持ちは愛も金で買えると言う。だったらやってみればいい。とんでもないしっぺ返しを受けるから。
愛や女を金で買えるなんてふざけている。愛した結果金を与えると言うのはありだが、鼻から金で処理出来るなんて不可能なのだから。本人は、金と言う手袋を嵌め生身の愛を触るから自分には痛みや返り血は浴びないと考える。まるで薬屋の研究員がガラスの向こうのシャレーに入った細菌を扱うように、ゴム手袋のアームに手を突っ込んでいるような姿なのに。
金で買おうと、力で物にして自分は腰が引けたスタンスで恋が破綻しても被害は受けませんなんて顔をしている。とんでもない話だ。それは芸術を分かった顔をして法外な金で買うパトロンに似ている。芸術なんて創作者の痛みを集めた血と汗の結晶なのに分かった振りをして金を出す。それはそれでアーティストにしたらありがたい面も有るけど、どや顔されるほどのものでもない。古来芸術のパトロンは滅びて作品だけが人の間を生きていく。
愛に戻ろう。愛はどんなに防御しようともそれに触ったものに影響してくる。例え手袋を嵌めていようが、距離を置こうがもっと酷い形で跳ね返ってくる。本人が想定も出来ないタイミングと形で。重力のように隔離を越えてやって来る。その時味あうがいい。その痛みと取り返しの付かない甘味を。人の大事な愛を己の全能感で持て囃す奴は地獄に堕ちろ。
そこで思うことが一つ、人間てなんて馬鹿なのかなと。人を愛せばその見返りに痛みがやって来ることは、ちょっとした大人なら何編も経験して分かっている筈なのに又嵌まってしまう。そしてその痛みに耐えきれず酒や薬に手を出してしまう。盲腸の手術位なら麻酔なしで受けれる人以外は恋などしない方がいい。
それでもしてしまうのは、それで味わえる甘味が耐えがたいほどの素晴らしさがあるからだ。無ければ無いで行ける位がちょうどいい。薬物、酒類の中毒者みたいに填まると大変だ。恋する度に保釈金を払わないとシャバに戻ってこれなくなる。
でも愛にはいい面もある。どんなに味気ない愛でもいつかは成長させてくれる。その痛みが肥やしとなって人を育てる。だから先人は恋をしなさい、恋は人を育てると言って来た。
芸術やファッションも同じです。手間隙を掛け育てていく、そこには愛も生まれてくる。ファッションなんて、デザインする人、採寸する人、パターンをする人、生地を選ぶ人、裁断する人、ミシンをする人、仕上げをする人沢山の人が関わって出来る。しかも注文する人の好みなんて千差万別、それを何百万の嗜好を一括りにしてどうだいいだろうでは、必ずしっぺ返しを受ける。芸術やファッションなんて個個人のものだから、もっと尊敬して扱わなくてはいけない。
マス販売者が何億と言う好みを一つ一つ聞き分けて注文を受け発送するのはいい、いくらでも伸びていくだろう。でも好みを矮小化して甘く見ると偉い目に会う。人はそこまで馬鹿でないし、単純に数値化出来ないところだ。
愛も好みのデザインも女の子一人一人にポリシーが有るし、プライドも有る。それは作り手が作り出すのはかなり難しい。だからデザイナーが二年契約でブランドを確立出来なければ馘になる位だ。経営者は馘を切ることは出来ても素晴らしいデザインは書けない。そこを腹に入れて置かなければいけない。
私は酒も薬も飲まないから恋後はいつも辛い。いつも麻酔なしで自分で歯を抜く位の覚悟で恋をしてきた。それほど恋は素晴らしい。
鎮痛剤
作詞 つばめのす
歯痛や頭痛にロキソニンが効くのは当たり前
痛みの神経を 遮断するから
愛の痛みは
いくら 鎮痛剤を飲んでも効かない
いくら 酒を飲んでも楽にならない
愛と痛みはセットで 箱に入ってくる
宅配便で 届いて 判子を押したら最後
返品出来ない クーリングオフもない
みんなは箱から 愛だけを取りだし
痛みは 箱のなかに残されたまま
時が経ち 愛が消えると
棚の上から 箱が落ち
痛みが出てくる
愛が強いと痛みもきつい
痛みは心に テレパシーで飛んでくる
薬を飲んでも効かない
酒を飲んでも晴れない
だから時が経って消えるのを
待つしかない
愛の痛みの半減期は三年
なんでもいいから鎮痛剤をくれ
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